九州の中心で、愛をさけぶ。主催/熊本県ペンション協会南阿蘇支部 後援/南阿蘇村

入賞作品結果発表

南阿蘇ラブレターアワード2019 12.20 FRI - 2020 1.31 FRI

世の中はどんどん便利になっていきます。
でも、人と人が分かりあうには
「愛してます」「ありがとう」
「頑張ったね」、そういう思いを言葉や
文章にすることが大切だと思うのです。
かつてペンションという場所が、
若者が愛を語る場所だったように、
南阿蘇という場所で普段言えない思いを
叫んでみませんか。

Loveletter MOVIE

募集要項

※写真はイメージです。

募集内容: 大切な人への思いを綴ったラブレターを募集
募集期間: 2019年12月20日~2020年1月31日
応募資格: 資格不要
応募規定: 応募フォームよりご応募ください。
審  査: 2020年2月
結果発表: 当サイトにて3月上旬に発表

※ 注意事項

  • 入賞作品の著作権及びその他の権利は主催者に帰属します。
  • 個人情報は慎重にお取り扱いし、南阿蘇ラブレターアワードの連絡や商品の発送、応募作品の利用における応募者の表示のみに使用します
  • 未発表作品に限ります。
同時開催イベント

過去の作品はこちら(2015年)

南阿蘇ラブレターアワード2019-2020
入賞作品結果発表

たくさんのご応募ありがとうございました。
今回、大賞1名・入賞10名・佳作10名の合計21名の方が選ばれました。

大賞

ペンションまいんどペア宿泊券+
南阿蘇村内で使えるお買い物券1万円分

「 愛する夫へ 」 ひろん 様

君と結婚して30年も過ぎたのですね。笑いと涙の⽇々でしたが最近では涙も笑いとばせるようにお互い強くなりましたね。気付けば⼦どもたちも⼤きくなり孫が産まれ、おじいちゃんとおばあちゃんになりました。また出会った頃の様に2⼈きりになりました。
ラブをもう1度はじめましょうか︖
体は痛くてアクティビティーには参加出来ませんが地獄温泉巡りとかよさげですね︕激⾟料理はムセるので消化も良い釜揚げうどんたかいいですよね︕
近頃は若い時のようにまたバイクに乗りたいとか⾔ってましたが、今度買うバイクはぜひサイドカー付きにしてください。2⼈乗りにさせてもらうのは嬉しいですが、年齢のせいか⾜が上がらず後ろの席にまたがれません、、、。最近、少しの段差でつまずく私を⾒て笑っているあなた。これからは⽼いを楽しみながらあと何年か何⼗年か分かりませんが同じ場所で同じ時間を過ごしていきましょう。ボケるまでは君の事は忘れないです。
「やっぱり君が好きです。」

入賞

南阿蘇村内で使えるお買い物券1万円分

「 松井へ 」 のび 様

あの⽇々が今も昨⽇のことのように思い出されます。出会いは6年前
友⼈の紹介で私たちは出会いました。1つ下の⼤学⽣の松井と社会⼈1年⽬の私。毎⽇が新鮮で⾒たことのない景⾊を⾒せてくれました。年上だからか、お姉さんぶってか私はあなたのことを「松井」って名字で呼んでましたね。変だよね、本当は名前で呼ぶのが恥ずかしかったのです。
もうすぐで3年だねなんて話ながらも現実はあなたの就職活動。遠距離がはじまると覚悟はしていました。不安と悲しさと寂しさと、、精⼀杯背伸びして「応援するよ」なんて⾔ったけどそんな余裕は私にはありませんでした。離れるのが、フラれるのがこわくて私はあなたと別れることを決めました。
今では松井の⽅が⽴派な社会⼈として頑張ってると友⼈から聞きました。私の時間は⽌まっています。なぜだろうとたくさん考えてたくさん悩んでたくさん涙がでました。
明⽇、3年ぶりに松井と会う機会ができました。伝えさせてください。
「浩⾏くん、⼤好きです。」

「 ⼤切な愛娘咲紀へ 」 増本 様

⼩さなかわいい天使、
咲紀ちゃんへ。

聞こえてるかな。
みえてるかな。
すぐにでも会いたいな。

お⽗さんお⺟さんの元に
⽣まれてきてくれてありがとう。
2990グラムの⼤きな⾚ちゃん。
⼼臓病を持ちながらも⼒強く⽣まれてきました。
⽣まれてすぐに⼩さな⾝体で⼤きな⼿術を乗り越えてお⽗さんお⺟さんの元にちゃんと戻ってきてくれました。えらかったね。
何度も代わってあげたいと思ったよ、⼿術前はお⽗さんお⺟さんも⼼配で涙が⽌まりませんでしたが退院できた⽇は⾶び上がるほどとっても嬉しかったなあ。

咲紀はたったの1 歳11ヶ⽉と太くて短い⼈⽣だったけど、
お⺟さんはいつも頑張っていた姿を今も鮮明に覚えていて咲紀を誇りに思っています。
おめめがくりくりして⼤きな⿊⽬にはお⺟さんがいつも映っていたよ。
絵本が⼤好き、お⾵呂の時間も⼤好きだったね。
お⽗さんお⺟さん咲紀と3⼈で
並んで寝た夜は忘れないよ。

お⺟さんにしてくれてありがとう。
お⺟さんの事を⼤好きでいてくれてありがとう。
もっともっと傍に居たかったよ。
ずっとずっと⼤好きよ。
守ってあげられずにごめんね。
幸せいっぱいありがとう。
⼤好きよ。
咲紀と過ごせた⽇は永遠に最⾼の宝物です。
たくさんありがとう。

お⺟さんは会いたくて淋しくて泣いてしまう⽇もあるけれど…
必ず会えると信じてる。
会える⽇がきたらたくさんたくさん抱きしめるよ。
たくさんお話して、⼿をつないでたくさん遊びに⾏こうね。
それまで空から⾒守っていてね、
そしてたまには夢に出てきてほしいな、その⽇を楽しみにして頑張ります。

愛するかわいい娘、咲紀へ
咲紀のお⺟さんより。

「 祝 成⼈ 」 sumire。様

私のお⺟さんはある時、病気で歩けなくなってしまいました。それから毎⽇、⾞いす⽣活。そして、その時お⺟さんのお腹の中には⾚ちゃんがいました。⼤きな病院に⼊院し、先⽣⽅も⼼配していましたが、⾚ちゃんは無事に元気に⽣まれてくることが出来ました。
その⾚ちゃんが私です。そんな私が先⽇、成⼈を迎えました。学⽣時代も部活動の試合を⾒に来ないでとか授業参観も来ないでとか、家族に⾒られるのが嫌で恥ずかしがり屋な私ですが、ここまで育ててくれたお⺟さんに感謝の気持ちを伝えたいと思います。

⼥⼿⼀つで⼦ども3⼈をここまで育ててくれてありがとう。私は三⼈姉妹の末っ⼦。3⼈とも無事に成⼈する事が出来たよ。お⺟さんは今でも、⾞いすに乗って⽣活してます。周りのお⺟さんとは違って、⼤変な事もたくさんあったと思うけど、美味しいご飯も作ってくれて、家事もちゃんとこなしてくれて、悪いことをしたらちゃんと叱ってくれて、時には褒めてくれます。みんなのお⺟さんと変わらないぐらい、⾃慢出来るお⺟さんです。普段は⾔えないけど、⼤好きです。私のたった1⼈のお⺟さん。これからもよろしくお願いします。そして、これからは⼦ども3⼈がお⺟さんを⽀えられるように頑張ります。そしていつもありがとう。

「 ゆいちゃんへ 」 しほ 様

ゆい、今何していますか︖
何を考えていますか︖
お⺟さんは毎⽇ゆいのことを想いながらお空を⾒上げています。

今⽇は⼣⽇がとっても綺麗で涙が溢れて⽌まらなかったです。
2回⽬の⼿術の⽇は朝から⼤⾬だったのに、終わる頃にはすっかりいい天気になっていたり、お空へ旅⽴った⽇も⼤⾬で、なんだかお空が泣いてるみたいだなって感じました。

⽣まれてからずっと、何かある度にゆいはお空やお天気と繋がっているんだなっていつも思っていました。今もお空を⾒上げると、にこにこ笑っているゆいがいます。

空や⾵や光や⾳…⽇常の全ての物からゆいをそこに感じることが出来ていますよ。
今はまだ悲しい気持ちの⽅が多いけれど、その全ての物がいつかお⺟さんを守って、強くしてくれる物に変わっていくと思っています。

ゆい、⽣まれてきてくれてありがとう。
助けてあげられなくて、ごめんね。

「 あなたと暮らす故郷 」 感王寺美智⼦ 様

あなた、また、引越しですね。引越し貧乏と⾔うけれど、私は、あなたと⼀緒に引っ越す度に、⽬に⾒えない宝物が、増えていくように思います。
「被災地へ⾏こう」
東⽇本⼤震災がおきた時、あなたは、私に⾔いました。乳がんの治療中だった私は、驚きました。
しかし、あなたは、⾔いました。
「君は、病にから負けない。病から学べる⼈だ」と。
そして私達は、気仙沼の仮設住宅で、被災者の皆さんと共に暮らし、喜び、悲しみを分け合い、共に⽣きることの⼤切さを、学んでいきました。
そして今度は、熊本地震がおきました。
「熊本もよろしく頼むっちゃ」
気仙沼の⼈達は、遠く離れた熊本を、同じ傷ついた故郷と思いやり、私達を送り出してくれました。
その気仙沼の⼈達の思いをもって、阿蘇でも、がんばりましたね︕
ところが今度は九州北部豪⾬。
「⾏くぞ、朝倉」
私は、迷わず頷きました。
私は、あなたとなら、何処へだって、ついて⾏く。
そして、その地を、そこで暮らす⼈々を愛していく。
あなたとならば、どこで暮らそうとも、そこが故郷だから。

「 これからも 」 yamayukiyukky 様

きっと最初で最後のラブレター
⼤切な⼤切な、私の⼦供達へ…
私の⼦供として
産まれてきてくれて
本当にありがとう。

そして
たくさんのごめんね

寂しい思い
悲しい思い
悔しい思い
させたことが多々あったよね。

親の都合で離婚して
我慢しなきゃいけないことも
たくさんあったけど
本当に2⼈共
いい⼦に育ってくれました。

今では
家庭を持ち
親となり
頑張ってる姿を嬉しく思います。

あなた達2⼈は
私の宝であり誇りです。

⽣きる元気をくれた
あなた達2⼈に
感謝してもしきれません。

これからも私は
あなた達2⼈と
その家族を愛し続けるでしょう

これからもずっと
命が消えても
あなた達を愛しています。

本当に
私のもとに
産まれてきてくれて
ありがとう。

そして
かけがえのない愛を
たくさんありがとう。

⺟より

「 根⼦岳(ねこだけ) 」 みこと 様

熊本県阿蘇郡⾼森町にある⼭
阿蘇五岳(あそごがく)の⼀つ
根⼦岳を私とパパは幼少の頃から
⾒て育ったね
私は根⼦岳の反対側にある町
阿蘇神社がある⼀の宮から⾒て育ちました。
私達の出逢いはそう⾔う⼤⾃然の中にある⼩さなきっかけから
始まっていたのかもしれないと
今は思います。

昨年の12⽉に癌が⾒つかり
2020年を迎え
病院のベットの上で
このラブレターを書きながら
この2ヶ⽉を静かに思い出しています。

放射線治療、抗がん剤が効かなければ、私はあと1年くらいだろうと
⾔われたと
2⽇前の病院のロビーでパパから聞いて、パパの苦しい思いを知りました。ごめんね。

⽬の前にある⼤きなもの
それをどう⾒たらいいのか
わからないけど
神様がくれたものだったり
本当は悪いものではなかったり
するかもしれない
私もパパも
根⼦岳を⾒ていたとき
どんな気持ちだったろうか︖と
想像します。

来週退院したら、ゆっくり
パパと過ごしながら
家族の時間を⼤切にしたいです
パパと南阿蘇で楽しい時間を過ごしたい。パパ 愛してる。

「 もしも 」 ケンケン 様

正直迷いました。ラブレターなんて書いたこともないし、うまく書けるわけがない、それに今はいなくなった⼈のことを書いてもいいものか。
迷った末に、最初で最後だから思いきって書いてみます。
あなたと初めて会ったのは、北九州市に住んでいる時に、友だちが知り合いの⼥の⼦と⾔って連れてきた時でした。ひと⽬⾒た時にきれいな⼦だなと思いました。それから、時々会えるようになりました。いつもグループで会って⾷事に⾏ったりドライブに⾏ったり楽しい時間を過ごしていました。その後、私が⻑崎に帰ることになり、会えなくなるかなとおもいましたが、⻑崎に来てくれたりしましたね。その後、離れたこともありなかなか会えなくなりました。あなたも⾊々なことがあり、傷ついたりしたのでしょう。時々ですが話を聞く機会ができるようになりました。北九州に⾏ったときは、グループではなく⼆⼈で会うようになりました。時には、家に⾏っていろんな話をしました。お⺟さんにも会いましたね。優しそうなお⺟さんでした。マリンワールドにも⾏ったりして、楽しい時間を過ごしました。
それなのに、予想もしなかった事故です。昼のニュースを⾒ていた時、強い⾬が降った後、新幹線のガード下の⽔がたまったアンダーパスに、⾞が突っ込んで運転していた⼥性が重体ということで現場が写し出されていました。それを⾒た瞬間、背筋がゾクッとして、貴⽅だと思いました。そんなはずはないと、打ち消そうとしましたが、3時間後友だちから電話があり、事故が貴⽅でもう⻑くは、もたないと。⾒舞いにも⾏きませんでした。葬儀にも⾏きませんでした。信じたくなかったし、貴⽅の姿も⾒たくなかった。ごめんね。
もしも、貴⼥に「⻑崎に来てもらえないか」と⾔ったことがあったけど、来てくれていたら今も横に居てくれたかな。「両親が⾼齢で離れられない。」と⾔った後も、何度も⾔ったら来てくれていたかな。
今でも貴⼥に会いたいです。でも今会えても不公平ですよね。貴⽅は、若いままなのに、私は年を取りました。髪は⽩いものが多くなりました。でも最後だけ名前で⾔います。「ユキちゃんもう⼀度会いたい」

「 家族のカタチ 」 イカスミちゃん 様

結婚して家族になったはずだった。
でも、ケンカばっかり。
新婚ラブラブ︖そんなのあるの︖

あなたは⾃分の実家ばかり⼤切にしている気がした。

家族なんだから当たり前だろ︖

正論を⾔われた気がした。
こっちも正論で⾔い返した。

あなたにとっての家族は、⾃分の実家なの︖
私は、あなたと夫婦のこの家が、家族だと思ってるよ︖

ごめん、嘘だった。
私も、遠⽅の⾃分の実家が、とにかく恋しかった。

結婚3年⽬
2⼈での⽣活がちょうどよくなった。ケンカがほとんどなくなった。
あなたの勧めでバイクの免許をとった。
教習には毎回着いてきた。夫婦ライダーでツーリングをたくさんした。
ドライブでは⼝喧嘩ばっかだったけど、バイクのインカムなら会話が弾んだ。

結婚5年⽬
あなたがバイク事故で⼿術をした。
病室で痛がっている姿を⾒て、⾃分でも驚くくらい苦しかった。
休⽇はアウトドアからインドアになった。
多趣味なあなたのおかげで、それも楽しかった。

結婚6年⽬
私の流産⼿術が難航した。やっぱり2⼈とも苦しかった。

このまま夫婦2⼈家族だっていいじゃないか。
⼀緒にバイクに乗って、美味しいものを⾷べて、きれいな景⾊を⾒て、たまには旅⾏もいいね。ちょっと贅沢な暮らしもできる。
私たちなら、ずっと笑って過ごせるに違いない。本当にそう思えた。

また南阿蘇に⾏きたいな。いい感じのペンション⾒つけたよ。
もちろんバイクでね。泊まりならお酒も飲めるね。

結婚7年⽬
今、新しい家族が、おなかで頑張って⼤きくなっているよ。
あなたは⼤好きな夫から、頼れるお⽗ちゃんになるよ。
しっかりしてね。これからは多趣味もほどほどにね。
⼀緒にバイクは、当分おあずけだね。
⾞だっていいじゃん。たまにはケンカもいいよ。

私たちなら、絶対たのしい、⾃慢の家族になるよ。

「 マーガレット 」 だんごぱぱ 様

爽やかな5⽉の南阿蘇。あなたの豊かな⻑い髪に、ペンションのオーナーさんが庭の⽩いマーガレットを摘んでさしてくれたね。嬉しそうに鏡をのぞいたり、芝⽣に寝転んでみたり、あなたは少⼥のように純粋で、とても愛らしかった。⾞に乗っても、家に帰ってからも、ずっとそのマーガレットを⼤事にしていたね。その慈しみに溢れた瞳をみた時、『結婚』の2⽂字が私の⼼に浮かんだ。「また来年も来たいね︕」と笑いあってから1年。南阿蘇には⾏けていないね。でも、もうすぐ⾏けるね。今度は3⼈で。そのときは私が、幼い娘のさらさらした髪にマーガレットを摘んでさしてあげよう。⺟となり⽇々頑張るあなたの姿を⾒ながら、 「愛してる」と今⽇も思っているよ。

佳作

南阿蘇村内で使えるお買い物券5千円分

「 泰博さんへ 」 みぃ 様

私たちは出逢うのが遅く、お互いに40代での結婚でしたね。
12⽉で出逢って5年経ちます。
あなたからはたくさんの幸せと新しい経験をいただいています。
30歳で病気した私は、10年近い年⽉をリハビリや治療で費やして何の楽しみもなかった時期を過ごしました。それが、今は嘘のようです。
⾟い時代から引っ張り出してくれてありがとう。わたしを好きになってくれてありがとう。わたしを奥さんにしてくれてありがとう。
幸せで幸せでたまりません。

どうかこれからも好きでいさせてくださいね。
どうか⻑い間⼀緒にいれますように。
どうかいつまでもいつまでも。

「 ⼼の中のラブレター 」 ⼤福 様

約30年ぶりに偶然⾒かけたけど、すぐに貴⽅だと気づきました。
隣にいるのは旦那さん︖⼦どもは2⼈︖幸せいっぱいの笑顔を⾒たら懐かしい気持ちになりました。
中学⽣だったあの頃は、お互いに⼦どもだったと思います。伝え⽅も仲直りの⽅法も下⼿で、衝突もたくさんあったけど、いっぱいドキドキしたし、たくさんのことを教えてもらいました。
本当にありがとう。今思えば、⼈を好きになるってこと、相⼿のことを思いやる気持ち、たくさんのことを貴⽅から教わりました。何より、あの時があるから今がある。
本当に感謝しています。俺も結婚して、愛する妻と2⼈の⼦どもがいます。もちろん幸せです。
お互いにもっともっと幸せになろうね。貴⽅との時間は今でも⼤切な思い出です。⼼より感謝を込めて。

PS.俺に気づいてたかな︖

「 唯⼀の⼼の⽀え 」 クラシックモダン 様

いつも照れ臭くて⾔えませんが。彼⼥に⼀⾔⾔わせていただきます。いつも照れ臭くてごまかしたり、おちょくったりしますが⼼の中では感謝しています。何もしてくれなくても、いてくれるだけですごく⼼の⽀えになります。これからも側にいて下さい。

「 だいちゃんへ 」 シュシュ 様

23才で結婚してもうすぐ24周年ですね。
⾊んな事があったね。
若い頃、⼦供を授かったのにこの世に迎える事ができず、悲しい思いをしたね。泣きながら⼆⼈で天草の海に⾏ったね。あなたが⼀⼈でお寺に供養に⾏ってくれたと聞いたのはだいぶ後でした。
私が病気になって⼿術が怖いと泣きながら、「もうこのまま死んでもいい︖」と尋ねた時、スゴく怒って、でも抱きしめながら「ダメ」と⾔って真剣に励ましてくれた事、ずっと覚えてます。
真夜中の地震の時に、寝ぼけながらも恐怖より、あなたが布団を被って私に覆いかぶさり守ってくれてるのに気づいた安堵感のほうが強かったよ。
いつもいつでもありがとう。
あなたがどんな時も私の味⽅でいてくれる事が、私を幸せにします。
私もあなたにとって同じような存在でありたい。
私に「太ったら裏⼭に捨てるけんね??」って⾔うけど、きっと捨てた後、拾いにくるんでしょ。
あなたのために、できるだけキレイでいるように⼼がけますので、厳しく優しく、これからもどうぞよろしく。

「 おじいちゃんになった愛⽝へ 」 かな 様

あなた家に来てもうすぐ10年になるね。
若い頃のあなたはやんちゃが凄くて、⾊んな物を噛んでは壊す破壊王でした。
⼩さな命がやってきたことでその⽇から家の中が⼀気に賑やかになり
あなたは家族を虜にして、いつも話題の中⼼でしたね。

5歳の時、健康診断で腎臓の数値があまり良くなくて、それまで⾞酔いするからと頻繁にお出掛けをしていなかったけれどお互いにもっとたくさんの思い出を作りたいと思って、南阿蘇にもよくドライブに⾏くように。
いつの間にか⾞酔いもしなくなってて、広い草原の中でボール遊びをたくさんして、疲れたらふたりで寝っ転がって休憩。

でも、そんな元気さも最近は少し減って、寝てることが増えていったね。
ドライブでいつもの草原に連れて⾏ってもボール遊びはしてくれるけど、前より疲れるのが早くなったよね。
少し寂しいとも思うけど、私はあなたが歳をとっていく姿も本当に愛おしい。

1度決めたら譲らない頑固なところ
⼀⽇中寝てて布団よりも太陽の良い匂いがするところ
ご飯の時間には厳しいところ
ちょっと⼤袈裟なところ

⾔い出したらきりがないくらいの⼤好きがたくさん。
⼤好きって⾔葉はあなたが来た⽇から毎⽇⾔い続けてるから何となくでもいいから伝わってるといいな。

動物を飼うと⼼が豊かになる。
本当にその通りだった。
あなたはたくさんのことを教えてくれた。
何よりもあたしに夢を与えてくれて、今は動物看護師として働けている。
⾟いことがあったときも、何か感じるのか、そっと寄り添って来て傍で慰めてくれたよね。

今度は飼い主として、そして動物看護師としても、あなたのシニアライフを全⼒でサポートしていくからもっともっと⻑⽣きしてね。
これからもよろしくね。

「 家族へ 」 ⾛るの⼤好きくん 様

妻へ
結婚して13年。3⼈の息⼦に囲まれて幸せな毎⽇をありがとう。いつか君は「寝顔がみんなそっくり」と⾔ったね。まさか寝顔を⾒られてるなんて恥ずかしいような嬉しいような。
寝室に来たらさっさと寝てると思ってたから。

⼦どもたちへ
いつも元気いっぱいな笑顔をありがとう。
「パパは1億歳まで⽣きてね」
「パパと結婚してもいいよ」
最近は⾔ってくれないけどその⾔葉だけでパパは⼀⽣君たちの味⽅だ。
さすがに1億歳までは⻑⽣きできないけど、その時はお化けになって毎晩遊びに来るね。
その時はママの寝顔をコッソリ⾒てみよう。
ママは「全⼒で除霊する」と⾔ってたけど・・・そんなママも好きさ。

「 ⼤好きなじいちゃん、ばあちゃん。 」 ミキラ 様

「3⽉3⽇の⼣⽅、⼣⽇がとっても綺麗な⽇に産まれたんよ。なかなか、⽣まれんくて、毎⽇、お⺟さんのお腹がはち切れる位に⼤きくなってるのを⾒て、⼼配で毎⽇このお地蔵さんに拝みに来てたんよ」幼い頃にばあちゃんとの散歩道にあるお地蔵さんに⼿を合わせて話をしてくれたのを覚えてるよ。幼い頃には意味分からんがったけど、今の私にも意味は分かる。決して⼤きくはない⺟から初孫。5000g近い⾚ちゃんが⽣まれたんやもん。そりゃー⼼配だったわね。ありがとう。
「みきよの指定席はここ」と毎週末になると保育園に仕事を終わらせ迎えに来てくれたじいちゃん。ご飯⾷べる時もお⾵呂もじいちゃんの膝の上が私の指定席。絶対に譲れない。寝てる時もじいちゃんと⼀緒。弟にも譲れない私の指定席。そして、⼤好きなじいちゃん。
あれから37年の⽉⽇が経つてなかなか、じいちゃんとばあちゃんに会えないけど、私が⼤きくなった分、2⼈は⼩さくなってしまったね。でも、私にくれる2⼈の愛情は幼い頃と変わらずに居てくれてありがとう。いつまでも、1年でも1か⽉でも⻑⽣きしてくださいね。⼤好きです。

「 遅くなってごめんね。 」 mimi 様

初めて気持ちを伝えるね。
ラブレターなんて初めてで恥ずかしい。でも、きちんと伝えさせてね。

あなたはいつも、私を笑顔にしてくれた。
数ヶ⽉の同棲期間だったけど、毎⽇幸せだった。
男なのに、毎⽇私にお弁当作ってくれて、私を起こさないように先に仕事に出るあなた。私は⾒送りもせずにダメな彼⼥だったよね。ごめんね。
おつかいを頼むと、ちゃんと割引シール貼ってある物を買って来てくれたね。私、この時にあなたとの結婚に安⼼出来るって思ったよ。(笑)

私が具合悪くて寝込んだ時も、美味しい雑炊作ってくれたね。今まで⾷べたどんなものよりも美味しかった。

たくさんたくさん、ありがとうって伝えたかった。⼤好きって伝えたかった。
なんであの⽇、携帯を忘れちゃったの︖ばかじゃん。最後に声も聞けなかった。私の声も聞かせられなかった。
もうここには居ないなんて信じられなかった。

でもね、ずっと傍に居てくれてるって信じてる。

ずっと⼤好きだよ。
沢⼭の幸せをありがとう。
これからも幸せな思い出を胸に、私は⽣きていくからね。

「 いつも、ありがとう 」 まこそら 様

45才で乳ガンになって、⼤切な私の胸をもっていかれた。告知の時に
命が助かるならと、迷わず胸はいりませんと先⽣に告げた。⼦供たちを
残しては死ねません。
鏡を映る⾃分を⾒ながら、涙は出なくて、神様ありがとう。この命を私のからだに預けてくれて、いつかは神様にお返しするけど、それは、何⼗年後にしてください。
抗がん剤で抜け落ちる髪の束をつかむ⼿は、怖くて震えた。体が沼に落ちていくような、あのキツさは忘れない。
でも、いつもいつも私の様⼦を気にして部屋をのぞきこむあの⼦達の瞳を⾒て、絶対に負けないと何度も決意していた。
なにも⾷べれない時に、買ってきてくれた。あのアイスの味はこころも溶かしくれた。
いまは、なにもかもいい思いで、
私の⼦供たち、優しい⼦供
いつもいつもありがとう。
お⺟さんは幸せです。

「 今わかった 」 銀⾊ 様

99年の⼤晦⽇。
あなたは私の街に来てくれなかった。速達で届いた⼀緒に⾏こうと⾔った年越しライブのチケットを握りしめ私は選ばれたなかったことに⽬を背けた。
⼤丈夫。仕事忙しいなら仕⽅ないよ。と取り繕いほんとに伝えないといけないことを伝えないまま、悲しくならない⽅へ⽬をやった。
でも私が貴⽅のところへ⾏けばよかったんだよね。
ライブなんていいから新幹線に⾶び乗ってあなたのところへ⾏って貴⽅のことが⼀番⼤事だと伝えたらよかったんだよね。
ずっと来なかった貴⽅を責めていたけど貴⽅は遠い街からこようとしてくれた。それが重要だった。
あれから20年も経って今頃気付くなんて。こんなに年とらないと気づかないなんて。
私が今でも想っていることをあなたは知らない。
私のことを想ってくれる⼈のことを私が気づかないように。

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